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第 15 回 Stella Peacock Girard 先生インタビュー


アメリカ版『いつみても波瀾万丈!?

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Stella Peacock Girard 先生インタビュー

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インタビュー音声 聞き取り穴埋めクイズ

I didn't know what I wanted and for New York City, if you don't know what you want, you get ( ), you know, it's a place to go when you know what you want and you ( ) ( ) and you ( ) ( ) and you, you ( ), you know …. But I didn't know that I wanted so I was ( ) ( ) ( ) and eventually I just left … I didn't know what to do.

上の文章を完成させて解答を support@manabi.st まで送ってください。正解者先着 3 名さまに Stella 先生の無料レッスン 1 回をプレゼント! (締め切りは 5 月末日です。)

大塚「おやよう、Stella! 元気?」
Stella「こんばんは Masa。う〜ん。あんまり元気がない。。。実は現在妊娠 1 ヶ月ちょっとでつわりがひどく苦しんでいます。」
大塚「おめでとうございます! でも大変だね」
Stella「そう! 気持ち悪くて水も飲めなし、ご飯も食べる気がおきないし。。。もう最悪!」
大塚「どれくらいでおさまるの?」
Stella「人によって違うみたいだけどあと 1 ヶ月くらいかな〜。」
大塚「本当に女性は大変だな〜。」
Stella「そうよ (笑)! 大変よ。」
大塚「本当、お大事にね。それでははじめましょう!」
Stella「OK!」
大塚「Stellaは 10 歳から 16 歳まで日本に住んでいたいわば帰国子女ですよね。」
Stella「うん、そう!」
大塚「日本に住むようになった経緯を教えてください。」
Stella「Long Storyよ! 何しろ戦前の祖父の話からはじめないといけないから。。。」
大塚「是非聞きたい!」
Stella「OK。私の祖父はハンガリア人の主に人物を写す写真家で、第 2 次世界大戦前にちょうど国を追われ、パリで活動していたんですよ。パリで大きな Expo がありましてね。そこに写真を出展した所、ある日本人美術家が祖父の写真を大変気に入りましてね。そこで『日本に来ないか?』と誘われ、来日しました。」
大塚「そうだったんですか。それはいつごろの話?」
Stella「1939 年、船に乗ってきたといっていました。」
大塚「そっか。当時は船か。。。数ヶ月はかかったんだろうな〜。それで?」
Stella「来日直後に第 2 次世界大戦が勃発しましてね。そこでパリに帰れなくなり、軽井沢に疎開したらしいです。」
大塚「すごい話だね。拘束とかではなく、疎開だったの?」
Stella「うん。貧乏生活だったがちゃんとした場所にいたと言っていたよ。」
大塚「それは良かった! そうしたら戦争が終わるまでずっと日本にいたんだ。」
Stella「その後もずっといましたよ! 戦後 GHQ の専属写真家として日本各地の旅をし、戦後の日本の記録をとっていたみたい。数年前、叔父が祖父の本を出版したんだ。そこに沢山写真が出ています。」
大塚「え〜。すごい! 有名な写真家だったんだ。」
Stella「うん、そう。アマゾンとかで買えるよ! URLを教えるね! Francis Haar: A Lifetime of Images.
大塚「ありがとう。今度見ます! どれくらい日本にいたの?」
Stella「60 年代までいたから 20 年はいましたよ!」
大塚「すごい!」
Stella「実は 50 年代に祖母が銀座でハンガリーの料理店を作り、これが大人気で、来日したマリリン・モンロー/ジョー・デマジオ夫婦や多くの著名人が来ていたみたいです。60 年代半ばに帰国した為閉めたみたいですけどね。」
大塚「残念! いってみたかったのにな〜。お母さんは日本で生まれたんだよね。」
Stella「うん。戦時中、軽井沢でね。彼女、戦後白百合に通っていたんですよ!」
大塚「白百合? お嬢様じゃない!」
Stella「そうよ。お嬢よ (笑)! ちょうど高校へ入学する頃に祖父が ハワイ で仕事を依頼されてね。そこで一家全員で ハワイ に越しました。1960 年代半ば頃だったかな。」
大塚「そうだったんだ。」
Stella「でも母はどうしても日本が忘れられなかったらしく高校卒業後日本で通訳の仕事をしていたんだ。そこで父と出会って結婚しました。」
大塚「ようやく Stella の話が出てきますね!」
Stella「Finally です (笑)!」
大塚「そうしたら Stella は日本で生まれたの?」
Stella「Nope! 実は California なんですよ。」
Stella Peacock Girard 先生
大塚「何? 話が複雑になっていく (笑)。」
Stella「ごめーん! でも California で生まれただけで生後数ヶ月で ハワイ に戻ったんですよ。」
大塚「そうだったんですか。それで?」
Stella「母がどうしても日本が忘れられなくてね。私が 10 歳の時に再来日し、母は日本企業で通訳の仕事をやっていました。」
大塚「日本はどうだった?」
Stella「『怖かった』というのが正直な印象かな。何しろのどかな ハワイ から大都市の東京。人が多く人口密度が高い。びっくりしました。」
大塚「特に驚いたのは?」
Stella「やはり地下鉄ですね。あれは本当に複雑でさっぱり分からなかった。一回乗ったらもう戻って来れないのではとビクビクしていました。」
大塚「地下鉄は私も分からないよ。いつも駅員に聞いています (笑)。生活はすぐに慣れた?」
Stella「うん。ハワイ はアジア人が多いんですよ。だから自分ではすんなりと入ったつもりだったんですが。。。」
大塚「おっと。何かありそうだね (笑)。」
Stella「うん (笑)。ある日、他の日本人の女の子達と一緒の Group Picture を取り、出来上がった写真を見た時にやけに目立つ外人が写っていましてね。『誰だコイツ?』と思っていたら。。。」
大塚「Stella だった (笑)?」
Stella「もうびっくりしましたね! 自分は明らかに周りと違うんだと感じました。」
大塚「友達とかはすぐに出来た?」
Stella「うん。International School に行っていましてね。いろいろな国の子がいて、楽しかったよ!」
大塚「でも International School にいっていてどうしてそんなに日本語がうまいの?うまいというよりは電話で話している限り外国人だとは分からないよ。」
Stella「ありがとう (笑)。それは私のテレビの中の友達のお陰ね (笑)! キャンディー・キャンディー、サザエさん、ドラえもんをずっと見ていたので知らぬ間に日本語が話せるようになっていました。」
大塚「なるほどね!」
Stella「テレビ東京の素人歌番組にも 2 回でましてね。一回目は 10 歳の時、キャンディー・キャンディーの主題歌を、2 回目は 13 歳の時当時流行っていたおにゃんこクラブの『セイラー服を脱がせないで』を歌い、賞をいただきました。」
大塚「それ、見た〜い! ビデオとかある?」
Stella「あるよ! でもタダというわけにはいかないよ (笑)。」
大塚「いくらでも出しますよ (笑)! 今度見せてね!」
Stella「OK (笑)!」
大塚「日本を離れたのは 16 歳の時ですよね。どうして?」
Stella「母は出張で ニューヨーク に行ったのがきっかけで ニューヨークに Fall in love したことかな。私は私で学校に英語が出来ない外国人がどんどん入ってきた為、授業のレベルがどんどん落ちていって、つまんなくなったからかな。あと、外交官の子供が多かったんで折角友達になっても 2 〜 3 年でほとんどの人が転勤しちゃうんで寂しかったというのもあるかな。」
大塚「それで ニューヨーク に?」
Stella「それが ニューヨーク の学校は危ないと母の友人が強く言った為、残念ながら ニュージャージー に住むことになりました。」
大塚「残念ながら?」
Stella「そう。ひどい所だった (笑)。何しろ生まれてはじめての公立高校。周りの生徒は日本からの帰国子女の私を大変珍しがり、『ひどいカルチャーショックだったでしょう』なんて良く聞かれましたがとんでもない。アメリカ に戻ったカルチャーショックの方がひどかった!」
大塚「というと?」
Stella「まずファッションがぜんぜん違う。髪をどうセットしていけばいいか? 何を着ていけばいいか? 全く分からなく、いわばイケテナイ生徒でしたね。それと生徒の先生に対する態度がひどく、学内でいろいろなものが盗まれる。学内ギャング同士の衝突なども頻繁にあり、本当に怖かった。」
大塚「それはひどいですね。」
Stella「高校卒業と同時に逃げるように ニュージャージー を去り、Indiana の大学に行きました。」
大塚「当時は将来何をしたいと考えていたの?」
Stella「母のように日米を股にかける仕事をしたかったんですよ。そこで大学生の時、ソニーにインターンしたんだ。」
大塚「それで?」
Stella「ここから私の本当の不幸の始まりですが、上司の日本人がひどい奴でね。何もやらせてもらえないし、そのくせ変にイチャモンをつける。それでもう『日本なんかいいや! 』と思いましてね。」
大塚「それは Sad だね。」
Stella「そこでまず ニューヨーク に戻り秘書の仕事を少ししましたが、すぐに飽きました。ニューヨーク は。。。(ここからが聞き取りクイズ!) そこで少し環境を変えようと マサチューセッツ に引越し、教育の仕事でもしようと思いました。」
大塚「それで?」
Stella「偶然にもある国際電話会社が日本の顧客を持っていましてね。日本語が出来る人を探しているという話を聞いたんでいったらすぐに採用されました。」
大塚「おっ! 日本絡みじゃない! よかったね。」
Stella「それが。。。」
大塚「何だか雲行きが怪しくなってきたぞ (笑)。」
Stella「そう! 結構仕事が出来たんでとんとん拍子に出世しましてね。」
大塚「あ〜れ? いい話じゃない。」
Stella「ここからよ! 出世したことが女子社員の妬みを買いましてね。」
大塚「Oh-Oh!」
Stella「働き始めて 1 年以上経ったある日、目の前に座っている女性社員がいきなり机の上に立ち、"I'm going to punch you in the face" って言ったんですよ (笑)。目が血走っていましてね。殺されるかと思った。会社から逃げるように去っていきましたよ。」
大塚「わー。それはすごい。女性のグループいじめは本当にひどいらしいからね。」
Stella「そう! 女性はグループになったら怖いよ! !」
大塚「それでどうしたの?」
Stella「辞めて、今度は Ocean Spray Cranberry というジュースメーカーに勤めたんだ。新しく販売するジュースの Tasting などをしたりして楽しかったんですが、1 年もすると飽きてしまいましてね。」
大塚「また飽きたの (笑)?」
Stella「そう! 私、飽きっぽいの (笑)。」
大塚「I can easily tell! それで?」
Stella「そこで ニューヨーク に戻って AOL で働くことが決まりましたが、その前に旅行をしようと思いましてね。そこで フロリダ に行ったんだ。そうしたらものすごい気の合うグループに巡り合いましてね。映画を見に行ったり朝まで語り合ったり、パーティーしたり。。。『ここに住みたい! 』と思い、AOL に断りの電話をいれ、フロリダ に引っ越しました。」
大塚「何とも場当たり的な (笑)!」
Stella「そう! いいでしょ!」
大塚「いいね。仕事はどうしたの?」
Stella「それが旅行中に村上 Museum という日本人が経営する美術館があってね。そこにいきなり入り、『私のバックグラウンドはこうこうです。仕事を下さい』といったら『いいよ!』といいましてね。」
大塚「何とも軽い展開だね (笑)。」
Stella「ここからがひどいのよ。『やった!』と思い、いざ引っ越したら『そんなことを言った覚えはない』と言われまして。。。」
大塚「なに?」
Stella「そう。それでしょうがないから諦めてまた秘書の仕事をしました。」
大塚「ひどい話だね。それ。それで秘書はどうだったの?」
Stella「ここからがまた面白い話で アメリカ の南部というのは訛りがひどいの知っている?」
大塚「もちろん。一度 North Carolina に行った時、空港で道を聞いたんだけど何言っているのかぜんぜん分からなかった。」
Stella「そう! 私がついたボスというのがこれがそれに輪をかけたようなひどい訛りでね。何をいっているのか全然分からなかった。」
大塚「秘書がボスの言っている内容が分からないというのは傑作だね (笑)。」
Stella「その通り。何しろ秋田弁よりひどかった (笑)。」
大塚「それで?」
Stella「もちろん半年くらいで辞めました。」
大塚「う〜ん。さっきから聞いていると不幸な話ばかりだね。何だか『おしん』をみているようで泣けてきました。そろそろ Happy な話にならないかな〜。」
Stella「ここからよ! 実は遊んでいたグループの女友達のお兄さんと婚約したんだ。」
大塚「やった! ここからだね! 嵐が去って太陽が見えてきました (笑)。」
Stella「そう (笑)! それで婚約と同時に彼の仕事の都合で South Carolina に引っ越しましてね。もうお金の心配はしなくて良くなったので自分の好きなことをとことんやろうと思い、高校の先生になることにしたんだ。」
大塚「それで?」
Stella「それが初め、出来の悪いクラスの数学の授業を受持ちましてね。一番初めの授業の時、一目でワルとわかる生徒に対し、"Sit down and do your work." といったら逆ギレされ、私のほうに突進してきたんですよ。」
大塚「え〜?」
Stella「彼、非常に背が高く、大きな生徒だったんですが、私を見下ろしながら顔を近づけてきて。。。」
大塚「おっかない! なんていったの?」
Stella「それが怖くて私の頭の中は真っ白。何にも覚えていません。。。」
大塚「それで学校は辞めたの?」
Stella「いいえ。ただ学校に頼んで出来のいいクラスだけ受持つことにしてもらいました。」
大塚「そんなこと出来るんだ。そこでずっと教えていたの?」
Stella「いえいえ (笑)。ある時、日本まつりというのがこっちで開催されましてね。」
大塚「そんなのあるんだ。」
Stella「うん。行ってみた所、日本語の先生に沢山出会いましてね。どうやら隣の学区は幼稚園から高校まで日本語を教えるプログラムがあったらしいんですよ。」
大塚South Carolina に? それはすごい!」
Stella「これはいいと思いまして、Assistant Japanese Teacher として教えることにしました。」
大塚「いいねいいね! これはいい話だ。」
Stella Peacock Girard 先生
Stella「それが。。。」
大塚「また! ?」
Stella「うん。KKK って知っている?」
大塚「KKK? 白人以外の人種を認めないというやつ?」
Stella「そう! その本部がこの学区内にあって、日本語を学校で教えるのはけしからんといって政治家に掛け合ってこのプログラムを閉じたんですよ。」
大塚「ちょっと待った。そもそも何でそんな学区で日本語を教えていたの?」
Stella「わからない。でも 10 年以上あったプログラムなのよ!」
大塚「変な話ですね。それで?」
Stella「ちょうどその頃旦那が働いていた大学で旦那に対する研究費が出なくなりましてね。それで ペンセルベニア に引っ越したんですよ。」
大塚「Stella の人生、波乱万丈だね。80 年分は生きているように思えます。」
Stella「そうでしょ (笑)! でもようやくいい町にたどり着いたという感じかな。ここは四季があるし、全てが美しい。今はこっちの大学で日本語を教えているし、ようやく落ち着いたという感じかな。」
大塚「12 月には子供が生まれるしね! 楽しみだね。」
Stella「うん。これからが本当に楽しみです。」
大塚「最後に MANABI.st の生徒の皆様に対するメッセージをお願いします。」
Stella「私は沢山コースを登録していますので是非見てください! 取りたいコースがなければいつでも作りますよ!」
大塚「今日は涙なしでは語れない話の数々、ありがとうございました!」

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