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第 22 回 スニタ マサア 先生インタビュー


地元新聞の一面を飾りました!

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スニタ マサア 先生インタビュー

インタビュー音声公開&クイズ

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スニタ 先生はこの音声ファイルの中であるジョークをいっています。何が面白いのかを 英語で 書き、support@manabi.st までお送り下さい。正解者の中から 3 名に スニタ 先生の無料レッスン 1 回分プレゼント! (締め切りは 1 月 10 日です。)

大塚「スニタ久しぶり!」
スニタ「本当に久しぶりね。」
大塚「学校はもう休みに入った (スニタ は カナダ・バンクーバー で小学校の先生をしています)?」
スニタ「うん。先週の木曜日から 2 週間の休みよ。」
大塚「いいな〜。今何年生を教えているんだっけ?」
スニタ「4 年生。」
大塚「クラスには何人いるの?」
スニタ「17 人。」
大塚「少ないね。カナダ ではそんなに一クラスあたりの生徒が少ないの?」
スニタ「普通はその倍かな。うちは私立だからね。」
大塚「私立? かっこいい!!」
スニタ「まあね (笑)!」
大塚カナダ の学校制度は日本と同じ 6・3・3?」
スニタ「いえいえ。7・5 です。小学校は 7 年生まで、高校が 8 年生から 12 年生までです。」
大塚「え〜? 中学校はないの?」
スニタ「政府が教育費を大分カットしてね。今では大部分の地区が Middle School (中学校) を無くし小学校からいきなり高校という教育を行っているの。」
大塚「日本とぜんぜん違うね。7・5 というのははじめて聞きました。それではインタビューをはじめましょう!」
スニタ「OK! 何でも聞いてよ!」
大塚「スニタ は小さい頃どんな子だった?」
スニタ「え〜? うーん。。。なんていったらいいかな? Cute Kid だったかな?」
大塚「Cute (大笑)?」
スニタ「そんないじめないでよ (笑)。いきなりそんなこと聞かれたらどう答えようがない (笑)!」
大塚「そっか。ごめんごめん (笑)。」
スニタ「そうだね。本好きで、バレーボールに熱中していたかな。あと 7 歳から BHARATA NATYAM というインドの伝統的なダンスのスクールに通っていたことかな。これ、かなり本格的にやっていてそのダンススクールの卒業式には何と 350 人も招待客を呼んで派手にやったのよ。」
大塚「350 人? それは スニタ だけの為?」
スニタ「私と姉二人だけの卒業式にね。」
大塚「え〜。350 人なんて有り得ないよ。」
スニタ「こっちのインド人社会では 350 人は少ない方よ。私の両親の結婚 25 周年パーティーなんて 550 人の招待客だったのよ! それも全員 バンクーバー 出身!」
スニタ マサア 先生
大塚「ますます有り得ないよ。全員知っているわけではないんでしょ?」
スニタ「もちろん知っているわよ!」
大塚「え〜?? 顔と名前も全て一致するの?」
スニタ「それは自信ないけどね (笑)。でも バンクーバー のインド人社会は結束力がそれだけ固いのよ!」
大塚「でもそれはすばらしいね。何だか羨ましくなるよ。そんな スニタ はどうして日本の JET の一員として来日したの?」
スニタ「ちょうど大学を卒業して小学校で教え始めた時かな。ちょうど夏休みの 2 ヶ月は仕事が無いので大学で ESL を教え始めたんだ。バンクーバー は知っていると思うけど日本人留学生が非常に多くてね。そこで多くの日本人生徒を受持ち、日本人のファンになったんだ。礼儀正しいし、寛大で優しい人ばかりだった。」
大塚「そういわれるとうれしいね!」
スニタ「そう! この仕事、かなり気に入ってね。夏が終わってからも続けたんだけどちょうど 1 年経った頃かな。とにかく新しい文化に触れる機会は今しかないと思い、Anjali (同じく MANABI.st の先生で スニタ の幼なじみ) から日本の JET プログラムは素晴らしかったと聞いていたので一大決心で応募したんだ。」
大塚「そうだったんだ。そういえば Anjali は日本をかなり Enjoy したと言っていたね。それであの厳しい選抜試験に合格して来日したんだね。来日して一番驚いたことは?」
スニタ「何しろ東京は ニューヨーク みたいに大きいし、夜がネオンですごい明るかったのはびっくりしたのですが、一番驚いたのがあのハイテクのトイレ! あんなの今まで見たことがなかった!! カナダ にいる家族友人全員に『日本のトイレはすごい!』とハイテクトイレに関する長いメールを打ったのを覚えています。」
大塚「もしかして スニタ の何百人の知り合いに (笑)?」
スニタ「もちろん (笑)!」
大塚「あとは?」
スニタ「カメラ付のケイタイ! とにかく撮りまくりました!」
大塚「ケイタイメールとかもやった?」
スニタ「私、早かったよ! ケイタイメールコンテストを友人同士でやっていたりしたんだ。」
大塚「羨ましい! 私なんかちょうどケイタイメールが始まった頃アメリカに留学していたのですっかりタイミングを失ってしまい今でも全然ダメなんだ。この間なんて友人との待ち合わせにちょっと遅れそうだったので『今**の駅を通過した所』と書こうとしたが書き終えた頃 3 つ先の駅にいたりして。。。」
スニタ「それは面白いね!」
大塚「配属先は福岡県の北九州市だったよね。うまく溶け込めた?」
スニタ「学校の先生と本当にいい関係を築けたと思います。」
大塚「それは素晴らしい! 結構学校の先生、特に英語の先生と打ち解けなかったという話を聞くからね。」
スニタ「重要なのは一番初めの ENKAI です (笑)! 固い先生もお酒を飲めば変わるものよ! カナダから OMIYAGE を沢山持っていったしね。」
大塚「何だか日本人みたいだね。」
スニタ「こっちが一生懸命頑張っているところ見せれば大抵の日本人は暖かく迎えてくれましたね。」
大塚「そう! 本当にそうなんだよね。何だか スニタ が可愛がられた理由が分かるような気がします。」
スニタ「ありがとう。」
大塚「生徒はどうだった?」
スニタ「生徒と接していて『本当に文化が違うんだな〜』と思いました。例えばこっちでは生ニンジンを食べるんですけど、お昼に生ニンジンを食べていたら生徒がびっくりしてね (笑)。『お前はうさぎか?』という目で見られました (笑)。」
大塚「それは傑作だね! 他に日本での想い出は?」
スニタ「いっぱいあるよ! 今でも笑ってしまう話があるんだけど、北九州に来た当初、私の中で『BLUE (青)』がマイブームでね。」
大塚「青がブーム (笑)? なにそれ?」
スニタ「何だか分からないけど当時何でも青で Decorate したくてね (笑)。部屋も全て青で統一しました。」
大塚「何だか良く分からないけど (笑)。。。それで?」
スニタ「壁に架けるものを探していてね。ある店に入ったら竹で出来た青色の簾みたいなものを見つけてね。店員に日本語で『KORE NANNDESUKA?』と聞いたら日本語で答えられ何が何だか分からなかったのでとりあえず『HAI、HAI』と言って、それを買って帰ったんだ。」
大塚「何だか面白そうな話だね (笑)。」
スニタ「家に帰って壁に架けてみると部屋にぴったりでね! 外国人の友人など、『どこでそんないいものをみつけたの?』とみんなに褒められてね。そうしたらある日、日本人の友人が来てそれをみたら笑い転げましてね。そこになんて書いてあったと思う?」
大塚「何だろう?」
スニタ「『YU (湯)』とね。しかも青は男湯でしょ。そんなの壁に架けている人はいないじゃない (笑)。」
大塚「それは面白いね (笑)! 何だかそのような面白い Story がいっぱいありそうだね (笑)。」
スニタ「あるある! もう一つ面白いのがはじめてロイヤル・ホストというファミレスに入ってメニューにのっているカレーの写真を指し、『KORE、NAN DESUKA?』と聞いたら『NAN DESU』って答えるから『NO! NO! KORE NAN DESUKA?』と聞き直したら『NAN DESU』とまた答えるから何度も聞き直してね。そうしたらどうやら私が指していたのがカレーの隣にある『ナン』でね。気付いた時は笑い転げました (笑)。」
大塚「それはめちゃくちゃ面白い!」
スニタ「でも一番のいい思いでは カナダ に本帰国する前の日に遊びに来ていた カナダ の友人と担当していた中学校を案内した時かな。すでに前の日に皆にお別れをしていてすでに 5 時半過ぎだったので誰もいないと思いそっと忍び込んだんら、ちょうど部活動を終えた生徒が沢山学校に残っていてね。皆私の顔を見るなり私に向かって走ってきてね。本当にうれしかったですね。職員室にいったら『スニタ が友人を連れてきた、駄菓子屋にいってありったけの菓子をかってこい!』と大騒ぎ。大量の駄菓子を私と友人にプレゼントしてくれました。」
大塚「そこまでしてもらえるなんて羨ましいね!」
スニタ「そうしたら音楽の先生が生徒達を集めてくれて餞別の歌と前日私に渡すのを忘れたという色紙をくれてね。本当に涙涙でした。。。」
大塚「でも一年で帰りましたね。どうして?」
スニタ「それ絶対聞かれると思った (笑)。いろいろあるんだけどね。はじめから 1 年で戻ろうと決めていたというのが一番の理由かな。本当に素晴らしい 1 年だったのでいい思い出のまま帰りたいというのもあったし、2 年目以降いた JET の同僚達が 1 年目ほど Enjoy していなかったと言っていたりしたりね。」
大塚「そうだったんだ。スニタ のキャリアに話を戻しましょう。いつ頃に小学校の先生なろうと思ったの?」
スニタ「高校時代かな。高校時代にボランティアでよく子供達をキャンプに連れて行ったのですが特に小さい子は皆無邪気で本当にかわいい。もう子供大好きという感じでね。あと子供達にダンススクールでも教えていたしね。もう『これだ!』と思いましたね。」
大塚「そんな早い段階で自分のやりたいことを見つけられたというのはすごいことだと思いますよ。羨ましい!」
スニタ「その点は恵まれたと思います。」
大塚「小学校の先生って全ての科目を教えなければならないじゃない? スニタ は不得意な科目、これだけは出来れば教えるのを避けたいという科目はある?」
スニタ「美術! どうも私は Artistic Side が無いみたい。だからフランス語や体育が苦手な先生に美術の時間を交代してもらっているんだ。」
大塚「フランス語も教えているの?」
スニタ「そう! 大学を卒業後 1 年間フランス語を学びに QUBEC に語学留学していたんだ。」
大塚「すごい! じゃーフランス語もペラペラなんだ。」
スニタ「いえいえ。とんでもない! 小学校の授業だから教えられるというレベルです。。。」
大塚「そっか。インドの言葉は話せるの?」
スニタ「ヒンズー語はカナダアクセントがありますが話せます (笑)。」
大塚「カナダアクセントね (笑)。私も アメリカ から帰国した当初は話す日本語にアメリカンアクセントがあるといじめられた暗い過去があります!」
スニタ「一緒ね!」
大塚「『この仕事をやっていて良かった!』と思うのはどんな時?」
スニタ「いい質問ね。実は最近あったのですよ。私の古くからの友人で現在インドで小学校を作ろうとしている人がいてね。是非私のクラスでプレゼンをして欲しいと頼んで 10 歳の子供達の前で現地の写真を交えてプレゼンをしてもらったんですよ。そうしたら子供達が『私たちも手伝いたい!』といってくれてね。その後 $500 の寄付を集めるという目標を定めチャリティー等いろいろと計画してね。そうこうしているうちに地元の新聞記者がこれを聞きつけまして、なんと今月地元新聞の一面を大きな写真付に記事として紹介されたのよ。生徒達が頑張ってくれてそれが新聞に出るという形で評価された。何だか大切なことを教えたような気がして本当にやっていて良かったなと思ったのよ。」
スニタ マサア 先生
大塚「素晴らしい話だね! やはり スニタ のそういうひたむきで一生懸命な態度がそういう素晴らしいことを実現させるんですね!」
スニタ「ありがとう。」
大塚「5 年後、10 年後は何をしていたい?」
スニタ「そうね。また大人に ESL を教えたいですね。ESL を学ぶ大人はモチベーションが高いのよ。こういう人たちに教えるのはこちらも大いにモチベートされます!」
大塚「いい話ですね! 最後に MANABI.st の生徒の皆様にメッセージをお願いいたします。」
スニタ「メッセージというかアドバイスをさせていただきますと、私はこれを 3P\'s というのですが Prepare、Practice、そして Positive Attitude かな。Prepare についてですが授業を準備する時は必ず何を聞かれるであろうかを考えテーマを持ってレッスン前の準備をして欲しいです。そして Practice は MANABI.st で練習するのもいいし、毎日何らかの形で英語に携わって欲しい。そして最後は常に Positive Attitude で望んで欲しい。これはどんなことでも成功する秘訣よ!」
大塚「いいアドバイスですね! 長い時間ありがとうございました!」

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